その契約とは
テオ(正式にはテオドロス)は、ゴッホを仕送りで支えたことで知られるが、一般的には知られていないゴッホとテオの契約がある。
その契約の内容は、
「毎月 約150フラン(現在の価値で15万~23万円)をゴッホに渡す代わりに、書いた絵の全てをテオに渡す。」という内容。
以下、その根拠
画家の兄と画商の弟は、早い時期に契約を結び、兄が制作した全作品を弟に提供するかわりに弟は兄に毎月一定の生活費を送金するという対等な関係になった。
日本経済新聞 2011年12月14日
毎月150フランを提供し、その代償としてその月に制作した全作品を受け取る~1884年3月末日頃にゴッホとテオの間に画家と画商の契約は成立した。
「ゴッホ 契約の兄弟」56~58頁
以上より、テオが一方的に兄を支え続けたというより、両者は互いに利益を得る関係であったといえる。
それでもテオは善意で兄を支えたのか? それともゴッホの絵の価値をわかった上で金儲けのために契約を結んだのか?兄弟の関係の見方を変える事実がある。
テオの画商としての能力
テオはパリで名の知れた画商だったものの、新人画家の売れない絵ばかり買っくると上司に不満を言われていた。
ただ、その新人画家達は、モネ、ルノワール、ゴーギャン、ドガ、ロートレック、ルソー、スーラなど著名な画家ばかりである。
よって、テオは類稀な審美眼を持った画商だったと言って差し支えないだろう。
このことからはテオはゴッホの絵の価値をわかった上で契約をしていた可能性が高い。
ゴッホの絵はなぜ1枚しか売れなかったのか?
それにしてもテオは優れた画商だったのに、なぜゴッホの絵を生涯で1枚しか売れなかったのか?
その理由は、
- そもそも無名作家の絵は売れない
- ゴッホが客のニーズに合わせた絵を描かなかった
- 安く売りたくなかったから (兄の絵を正当な価格で売りたかった or 自分の儲けを多くしたかった)
以上の理由があったにしろ、テオの実力からすればゴッホの絵をどうにかして売ることは可能だったはずである。それでも売れなかったのはやはり意図的に売らなかったと考えるのが自然である。
ゴッホは絵を全て預けているのに1枚も売れないことへの不満をテオに手紙で抗議したこともある。
ここまでくるとテオはゴッホが死んで上がった絵の価値(※)を独占するためにずっと売らずに持っていたとも考えられる。 ※画家が死ぬと希少価値が高まり絵の価値は上がる
さらに「不遇の死を遂げた画家」というストーリーもあればさらに価値を上げられる。
ゴッホの生涯で1枚だけ売れた絵と買った人の名前
最後の考察の前に、その売れた絵について。
その絵の題名は「赤い葡萄畑」という作品で、購入したのベルギーの芸術家組合ベルギーのアンナ・ボックという女性。

一見、夕日っぽいけど、農業で雨は恵みなので朝焼けの可能性もある。(朝焼けは雨の前兆)
私の一番好きなゴッホの絵。
考察
テオとゴッホの関係は、テオだけが一方的に援助するものではないことはわかった。
テオが絵の価値をわかった上でわざと絵を売らずにゴッホが死んだ後、利益を独占しようとしたか?についても客観的な事実からはそう考えていたとも思われるが、結末は意外なものになった。
ゴッホの死の半年後にテオも亡くなったのである。
今もなお、テオの真意は不明である。あなたはどう考えるか?
ゴッホの絵を見れば何かわかる、かもしれない。
